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甲府地方裁判所 昭和26年(ワ)175号 判決 1958年7月19日

原告 上手村農業協同組合

被告 三井嘉嗣 外一名

主文

被告三井信雄は原告に対し金三十六万六千六百三十一円九十三銭及びこれに対する昭和二十五年十二月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告その二を被告三井信雄の負担とする。

本判決は原告勝訴部分に限り原告に於て、金十二万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は原告に対し金六十万六千十九円九十三銭(昭和二十六年(ワ)第一七五号事件につき金四十万八千七百九円五十八銭、昭和二十七年(ワ)第二八一号事件につき金十九万七千三百十円三十五銭)及びこれに対する昭和二十五年十二月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として被告三井嘉嗣は昭和二十四年四月一日より、昭和二十五年十月二十三日まで原告組合の組合長理事として同組合を代表し、同組合の事務を総括執行する職務を有し、被告三井信雄は昭和二十四年五月七日より昭和二十五年十月二十三日まで、同組合の専務理事として、同組合の金銭出納等の事務を担当して来たものであるところ、共謀の上、昭和二十四年五月七日より昭和二五年十月二十三日までの間に

(一)(1)  原告組合のため保管中の現金四十万八千七百九円五十八銭を擅に着服横領して原告に対し同額の損害を与え

(2)  仮りに横領したものでないとしても被告三井嘉嗣は原告組合の代表者として組合の業務の統轄者として、職員の業務の執行を監督すべき義務があり、また、専務理事は組合会計事務担当者として出納業務を完全に執行すべき義務があるから組合長又は専務理事たる被告等は共に組合所有の現金を完全に保管すべき義務を有するものである。ところが被告等は不注意にも右義務を怠り保管金中前記金員を喪失せしめ組合に対し、同額の損害を加えたものであるから、被告等は、過失による不法行為者として、原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

(3)  仮りに右(1) (2) の主張が理由がないとしても、被告等は原告に対し昭和二十五年四月二十五日付誓約書を以つて、被告等在職期間中の原告組合の収支決算の結果保管金に不足を生じた場合には、その全額を弁償する旨の約束をしたものであるところ収支決算の結果昭和二十五年十一月十三日現在に於ける保管金に前記金員の不足を生じたから、被告等は前記約定により右不足金相当額の金員を弁償すべき義務がある。

(二)  被告等は

(1)  昭和二十五年十一月十三日現在普通貯金として金二百二十八万五千六百三十三円八十五銭保管している筈のところ、現実に保管していたのは僅かに金二百十万五千三百三円六十五銭であり、その差額金十八万三百三十円二十銭を擅に着服横領し、

(2)  同日現在、農業手形を以て、原告組合が貸付けている貸金は、金百二十六万四千二百四十七円六十銭であるのに拘らず金百三十五万五千三百四十七円六十銭貸出したと称し原告組合の保管金四万千百円を着服横領し、

(3)  同日現在原告組合が組合員に対し、当座貸出しとして有する債権は、金十五万千九百四十一円五十八銭であるのに、金十五万七千三百七十一円二十三銭であると称し、その差額金五千四百二十九円六十五銭を着服横領し、その額は合計金二十二万六千八百五十九円八十五銭となるところ、被告等は別口として、山梨県信用農業協同組合連合会に金十万円を預金していたから、右金額を控除した金十二万六千八百五十九円八十五銭が、被告等の右横領行為によつて、原告組合の蒙つた損害であるから、不法行為者たる被告等は原告に対し、右損害を賠償する義務がある。

(三)(イ) 被告等は、支出しないのに拘らず、(1) ハイヤー代金六千二百円、(2) 農業生産文化費金二千七百二十五円、(3) 農業生産指導費金三千七百四十円、(4) 供出慰安費金四万七百十五円五十銭、(5) 購買経費金一万三千三百円合計金六万六千六百八十円五十銭支出した如く装つて、右金額に相当する保管金を擅に着服横領し、原告組合に対し右支出相当額の損害を加えた。仮りに然らずして、現実に支出がなされたとしても右支出はいずれも不当の支出であるから原告組合は、被告等の故意又は過失により右支出相当額の損害を蒙つたものである。

(ロ)  被告等は原告組合が納付すべきものではなく組合職員の納付すべき源泉所得税金三千七百七十円を故意又は過失により原告組合の保管金を以て納付し、よつて原告組合に対し、右金員相当額の損害を加えたものである。

よつて被告等は原告に対し右(イ)(ロ)の損害合計金七万四百五十円五十銭を賠償する義務がある。(以上の事実中(一)記載の事実は昭和二十六年(ワ)第一七五号事件のみに関し、同(二)、(三)記載の事実は昭和二十七年(ワ)第二八一号事件のみに関する)それであるから、被告等は原告に対し上記損害の賠償として合計金六十万六千十九円九十三銭(右(ワ)第一七五号事件につき金四十万八千七百九円五十八銭、(ワ)第二八一号事件につき金十九万七千三百十円三十五銭)を支払うべき義務があるから原告は、被告等に対し右金員及びこれに対する前記不法行為後である昭和二十五年十二月一日より右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、尚被告等の主張事実は総て争う。被告嘉嗣主張の示談契約は組合監事をも相手方としたものであつて、農業協同組合法に違反しない。蓋し、被告三井嘉嗣が原告組合宛に差し入れた念書の宛名は役員宛であり、組合役員中には監事も含まれているからであると述べた。

立証として、甲第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証乃至同第十号証、同第十一号証の一乃至二十一を提出し、証人三井源栄、同伊東源重、同清水晴嘉、同清水嶽夫、同鈴木富士亥(第一回乃至第三回)の各証言並に原告代表者篠原源雄尋問の結果を援用し、乙号各証の成立はこれを認める。丙第一号証中郵便官署作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、その余の同号証の成立はいずれも認める。同第六号証乃至同第十号証、同第十三号証乃至同第十五号証はいずれもこれを利益に援用すると述べた。

被告等の本案前の抗弁に対し、被告等はいずれも昭和二十五年十月二十日の組合総会に於て、解任の決議を受け同日以降組合理事たる資格を喪失したのである。被告三井嘉嗣が理事会に提出した退職届(甲第六号証)には、「今般臨時総会の決議により云々」と記載され被告三井信雄が理事会に提出した退職届(同第七号証)には、「今般総会の決議により専務を退職いたします」と記載されてあるところ、組合総会の理事解任の決議により当然理事たる資格は喪失し、これに伴い理事会によつて互選された組合長若しくは専務理事たる資格も当然に喪失するのであるから、組合の決議により理事を解任された被告等は、理事会宛に組合長並に専務理事の退職届を出したものであつて、被告等は前記昭和二十五年十月二十日既に理事たる資格を失つていたものである。従つて本訴が支払命令に対する異議申立の結果訴を提起されたと看做される日、即ち昭和二十六年七月八日当時には、被告等は既に理事たる資格を有していないから、理事が組合を代表して、被告等を相手方として訴訟をしても何等違法ではない。と陳述した。

被告三井嘉嗣訴訟代理人及び被告三井信雄は、昭和二十六年(ワ)第一七五号事件に対する本案前の抗弁として本訴は、支払命令に対する異議申立の結果支払命令の申請がなされた昭和二十六年七月八日繋属したものと看做すべきものであるところ、被告等はその当時いずれも原告組合の理事であつたから、原告組合が、被告等を相手方として、訴訟をなすことは農業協同組合法第三十三条の規定に違反し違法であり、本訴は、不適法として、却下さるべきものである。尤も被告等は現在退職により組合理事の資格を有しないが、被告等が理事たる資格を失つたからといつて、右違法は治癒されない。と述べ、

本案につき

被告三井嘉嗣訴訟代理人は昭和二十六年(ワ)第一七五号事件及び昭和二十七年(ワ)第二八一号事件につきいずれも原告の請求を棄却する旨の判決を求め、両号事件の答弁として、原告主張事実中原告が農業協同組合法による組合であり、被告三井嘉嗣は原告主張の期間原告組合の組合長理事として同組合の代表権限を有したこと。被告三井信雄が原告主張の期間専務理事をなし、金銭出納等の事務を担当してきたことは認めるがその余の主張事実は全部否認する。原告組合の出納事務及び現金の保管事務は、専務理事の職務に属し、組合長たる被告嘉嗣には存しないから、同人に着服横領並に不当支出の事実は存しない。また同被告と原告間に原告主張の如き内容の示談契約が成立した事実はない。

尤も同被告は、原告に対し念書(甲第一号証)を差入れたことはあるが、それによつて、同被告が原告組合の昭和二十四年度の収支決算に不足を生じた場合に於て、如何なる理由によるも無条件で不足金を弁償することを表明したものではない。その趣旨は右不足金の中で、同被告に責任あるものは、同被告個人として、弁償する意思を表明したものである。仮りに右主張が理由がなく、右文書が、原告主張の趣旨の下に差入れたものであるとしても、当時同被告は原告組合の理事であつたから、原告組合が理事たる被告と、原告主張の如き契約をするには、監事が原告組合を代表すべきである。しかるに右契約は、理事が原告組合を代表して締結しているから、農業協同組合法第三十三条に違反し無効である。従つて原告の前記(一)の(3) の主張は理由がないと陳述し、

立証として、丙第一号証乃至同第十六号証を提出し証人篠原正二同三井栄枝の証言並に被告三井嘉嗣本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲第二号証同第三号証の二、同第四号証、同第七号証の成立は不知、同第六号証中印影の成立は認めるがその余は不知、他の同号証はいずれもこれを認め同第八号証乃至同第十号証はこれを利益に援用すると述べた。

被告三井信雄は本件(ワ)第一七五号事件につき、原告の請求を棄却するとの判決並に担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、原告主張事実中同被告が原告主張期間組合の専務理事として在職し金銭出納事務を執行中、原告の現金二十三万九千三百八十八円を同被告単独で横領したことは認めるがその余の主張事実は、争う。しかして、同被告の右横領による損害賠償に関し昭和二十七年四月初頃同被告と原告との間に示談契約が成立し、右横領金の中金十一万五千円については原告と同被告間の消費貸借の目的として、準消費貸借契約が成立し、残額十二万四千三百八十八円については同年三月より同年四月初旬頃迄の間に数回に亘つて既に弁済し、同被告の右横領による損害賠償義務は既に消滅したから原告の本訴請求は理由がないと陳述し、立証として、乙第一、二号証を提出し、甲第一号証同第三号証乃至同第五号証の成立は不知、同第二号証及同第七号証の成立は認める。爾余の同号証につき認否をしない。また本件(ワ)第二八一号事件については、適式の呼出を受けながら、各口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書、その他の準備書面の提出をなさず明かに争わない。

理由

先ず本案前の抗弁につき判断するに、農業協同組合が理事を相手方として訴訟をするには、監事が組合を代表し組合理事には、代表権がないこと、農業協同組合法第三十三条の規定に照し明かである。しかして、本件保管金返還請求事件は農業協同組合たる原告の代表者理事鈴木富士亥が債権者たる原告を代表し、債務者たる被告等を相手方として、昭和二十六年七月八日甲府簡易裁判所に対し、支払命令の申立をなし、同年同月十二日同裁判所に於て支払命令が発せられ、これに対し、被告三井嘉嗣より同年同月二十一日同三井信雄より同年同月二十五日それぞれ適法な異議申立がなされたこと記録上明かであるから本訴は、支払命令申立の日である同年七月八日当裁判所に繋属したものと看做される。ところで昭和二十七年十一月十二日午前十時本件口頭弁論期日当時被告等は既に組合理事でなかつたことは当事者間に争がないから、仮りに本訴が提起されたと看做される昭和二十六年七月八日当時被告等が未だ組合理事たる資格を有し本訴が不適法であつたとしても、被告等が理事たる資格を喪失している現在に於ては、右瑕疵は既に治癒されたと認むべきである。のみならず、捺印の成立につき争がなく、従つてその余の部分も亦真正に成立したと認められる甲第六号証、成立に争のない同第七号証、証人清水晴嘉、同鈴木富士亥の証言によると、被告等は、いずれも昭和二十五年十月二十日の組合臨時総会に於て辞職を勧告され、同年十月二十三日それぞれ退職届を理事会宛に提出し、同日組合理事及組合長若しくは専務理事たる資格を喪失したことが認められる。しかして、右認定に抵触する証人篠原正二の証言並に被告三井嘉嗣本人尋問の結果(第一、二回)はたやすく措信しがたく成立に争のない丙第二号証を以てしても上記認定を妨げる資料とはなしがたく他に右認定を覆し、被告等の前記抗弁を認むべき証拠は存しないから被告等の右抗弁は理由がない。

よつて昭和二六年(ワ)第一七五号保管金返還請求事件(以下第一七五号事件と称す)の本案につき判断するに、被告三井嘉嗣が原告主張の期間組合長理事として在任し、原告組合を代表し、被告三井信雄が原告組合の専務理事として在任し、専ら同組合の金銭出納等の事務を担当していたことは、原告と被告三井嘉嗣間に争がなく、被告三井信雄が専務理事として在任した期間が原告主張の期間であることは被告三井嘉嗣に於て明かに争わないから自白したものと看做す。また被告三井信雄が原告組合の専務理事として原告主張の期間原告組合の専務理事として、専ら同組合の金銭出納事務を担当していたことは、原告と同被告間に争がなく、被告三井嘉嗣が原告主張の期間原告組合の組合長理事として在任し、同組合を代表していたことは被告三井信雄に於て明かに争わないから自白したものと看做す。右認定の事実によつて被告三井嘉嗣は昭和二十四年四月一日より昭和二十五年十月二十三日まで原告組合の組合長理事として、同組合を以表し被告三井信雄は昭和二十四年五月七日より昭和二十五年十月二十三日迄同組合の専務理事として、専ら金銭出納事務を担当していたことが明かである。

しかるところ、証人鈴木富士亥の証言(第一回)により成立が認められる甲第四号証、原告と被告三井嘉嗣間に於ては、成立に争がなく、原告と被告三井信雄間に於ては、同証人の証言により真正に成立したと認められる同第五号証の一、二、成立につき争のない丙第五号証乃至同第九号証、証人鈴木富士亥(第一回乃至第三回)同篠原正二、同三井栄枝、同三井源栄同清水晴嘉の証言並に原告代表者篠原源雄、被告三井嘉嗣各本人尋問の結果(第一、二回)の一部を綜合すると、原告組合に於ては、従来より組合長は組合を代表すると共に職員の監督、指導及び書類の決裁等組合事務一般を統轄し、専務理事は現金出納に関する会計事務を執行する慣例となつていたので、被告三井信雄も同組合の専務理事として、昭和二十四年五月十一日、訴外浅川前専務理事より会計事務の引続を受け、前専務理事保管中の現金も当時異議なく引渡しを受け爾来同組合の会計事務を執行してきたものであるところ、同人は、会計事務に経験がなかつたのに拘らず、独断的に事務を執行し、他人の意見を顧みることがなかつたので、被告嘉嗣もしばしば会計事務の運営につき被告信雄に忠告したが、同人は、これを一蹴して聞き入れなかつたこと。しかも同人は、帳簿の記載に精通していなかつたから被告嘉嗣は、被告信雄が専務理事に就任当時から適任でないことを感じていたが、専務は理事会に於て、互選され、被告嘉嗣個人の意思によつて、その地位を左右するわけにも行かないので、被告信雄が専務理事に就任当初である昭和二十四年五月頃職員の事務分掌を定めて、簿記に明るい訴外小林勇を信用主任に起用し、組合の会計帳簿等を整備させようとしたこと、しかし被告信雄はこれを不満として、訴外小林勇と感情的に対立し、同年七月頃には、同訴外人の仕事を取り上げてしまつたため、被告嘉嗣の前記企図は全く挫折してしまつたこと。したがつて、昭和二十四年六月頃から、日記帳の記載すらこれを怠つたため、原告組合は昭和二十五年二月頃組合員に対する預金の支払を停止せざるを得なくなつたこと、その結果、役員会に於て、組合の会計事務を調査したところ、保管金の一部が不足していることが判明したため、にわかに問題化し、組合は同年十月二十日頃臨時総会を開催の上、被告等両名の責任を追求し辞職勧告の決議をしたので被告等は前認定の如く同月二十三日、組合長又は専務理事を辞職するに至つたこと、而して、同年十一月十三日被告三井嘉嗣と後任の組合長訴外清水晴嘉間に組合事務の引続がなされ、会計事務の一部も同時に引継がれたが、同日現在に於て、組合所有の現金として保管してあるべき現金は、合計金六十九万四千三百九十七円七十三銭であるべきところ、被告三井信雄が現実に保管していた現金は金二十八万五千六百八十八円十五銭であり、その差額金四十万八千七百九円五十八銭が不足し、その使途が不明であることが認められる。

ところで原告は、右不足金は被告等が共謀して組合所有の現金を横領したことによつて生じたものであるから、被告等は原告に対し右不法行為による損害賠償として、不足金相当額の金員の支払義務があると主張するので先ずこの点につき判断する。

被告三井信雄は、右不足金の中金二十三万九千三百八十八円は自己単独で横領したことによつて生じたものであることは、これを認めて争わないが、その余の部分については争つているので、考えるに右金員を超過する部分の不足金十六万九千三百二十一円五十八銭が、同被告の横領行為によつて、生じたことを認むべき確たる証拠がないから同被告に対し、右超過部分についても尚損害賠償義務ありとなす、原告の主張は理由がない。しかしながら同被告は原告組合の専務理事として就任し、その間同組合の会計事務を担当して来たものであるから、職務上善良な管理者の注意を以て常に帳簿を整理し、現金の出納を明らかにして、現金等の散逸することを防止すべき義務があるというべきところ、前記認定の事実によれば同被告は右期間中、一部保管金を横領したばかりでなく組合長たる被告三井嘉嗣の忠告等も聞き入れず、独断専行的に事務を処理し、現金出納に関する帳簿の記載すらこれを怠り遂に保管金中前記不足額に相当する金額を喪失するに至らせ原告組合に対し同額の損害を加えたことが明かであるから右損害は同被告の故意又は過失により生じたものということができる。而して反証はない。よつて同被告は原告組合に対し、故意又は過失により合計金四十万八千七百九円五十八銭の損害を加えたこととなる。しかるところ、成立に争のない乙第一、二号証証人三井栄枝、同清水晴嘉の証言及び原告代表者篠原源雄本人尋問の結果によると被告信雄は右損害中金二十三万九千三百八十八円を既に弁済していることが認められるから、被告信雄は原告組合に対し右不法行為による損害賠償として、金十六万九千三百二十一円五十八銭の支払義務がある。

次ぎに被告嘉嗣に対する請求につき考えるに、同被告は原告主張の期間原告組合の組合長として同組合の事務一般を統轄していたのであるが、その間会計事務は専ら専務理事である被告信雄が担当し、被告嘉嗣は現金を保管していなかつたことは既に認定したところである。しかるところ、被告嘉嗣が被告信雄と金品の横領を共謀した事実を認むべき証拠は存しないから、被告嘉嗣に金品横領の所為を認むるに由ない。また、同被告が職務上の注意義務を怠つたことを認めるに足る証拠はなく却つて、前記認定の事実によると、同被告は組合長として、会計事務の運営につき相当の注意をしたことが認められるから、原告の右主張も亦理由がない。

よつて、特約に基き前記損害を賠償する義務ありや否やにつき考えるに、証人鈴木富士亥の証言(第一回)により成立が認められる甲第一、二号証(但し甲第一号証中「役員会殿」の記載部分を除くその余の部分の成立につき原告と被告嘉嗣に争がなく、同第二号証の成立につき原告と被告信雄間に争がない)並に同証人の証言(第一回乃至第三回)によると、被告嘉嗣は、昭和二十五年四月二十七日附を以て、昭和二十四年度原告組合に於て、経理上の不足額を生じた場合には、全額につき弁償する旨を記載した念書と題する書面を原告組合役員会宛に、被告信雄は、同月二十五日附を以て、同趣旨のことを記載した誓約書と題する書面を原告組合役員宛に、それぞれ提出交付したことが認められる。右認定の事実によると、被告嘉嗣は当時昭和二十四年度に於ける原告組合の収支決算につき不足額を生じたときは如何なる理由によるもその全額を弁償することを確約した如き観がないでもないが原告組合に於て、昭和二十五年二月組合員に対する預金の払戻を停止するに至るや、にわかに組合長並に専務理事に対する責任追求が問題化し組合理事会は、組合の会計事務の調査を開始するに至つたこと前記認定の事実によつて明かであるところ、成立に争のない丙第三、五、六号証、証人鈴木富士亥(第一回乃至第三回)同篠原正二、同三井栄枝、同三井源栄、同清水晴嘉の各証言並に被告嘉嗣本人尋問の結果を綜合すると、被告等が右書面を差入れる以前である同年三月頃既に右事件は、所轄捜査官憲の探知するところとなり、被告信雄は業務上横領被疑事件の被疑者として取調を受け、被告嘉嗣も亦共犯の嫌疑を受けていたものであること及びその当時未だ理事会の調査は未了であり、組合の収支決算につき如何なる程度の不足金が存するか、またそれが誰の責任によつて、生じたものであるか、等も不明であり、且つ、被告嘉嗣と被告信雄間の責任の分担等も明かでないことが認められる。以上認定の事実を綜合すると、右念書差入れ当時、被告嘉嗣に、如何なる理由によるも組合の経理上不足金あるときは、単独で全額を弁償する旨の確定的な意思があつたと認めることは、相当でなく、右念書が差入れられた経過並に諸事情とを考慮すれば、むしろ将来調査の結果被告嘉嗣に法律上賠償責任ありと認められる損害についてのみ、同被告に於て、責任を以て弁償することを予め確約したものと解するのが相当である。而して証人篠原正二、同三井源栄、同清水晴嘉の証言中右認定に抵触する部分はたやすく措信し難く、他に反証はない。

従つて、被告嘉嗣に法律上前記不足金を賠償すべき責任の認められない本件にあつては、原告の右主張も亦理由がない。

次いで第二八一号事件に於ける被告嘉嗣に対する請求につき判断するに原告主張事実中原告が農業協同組合法による組合であり、被告三井嘉嗣は原告主張の期間原告組合の組合長理事として、同組合の代表権限を有したこと及び被告三井信雄は原告主張の期間同組合の専務理事として在職し、金銭出納等に関する事務を担当してきたことは当事者間に争がない。しかして成立が認められる甲第四号証、証人鈴木富士亥(第一回乃至第三回)同篠原正二、同三井栄枝、同三井源栄、同清水晴嘉の各証言並に原告代表者篠原源雄、被告嘉嗣各本人尋問の結果を綜合すると、右期間中原告主張(二)記載の如く、普通貯金の積立金につき金十八万三百三十円二十銭、農業手形による貸付債権額につき金四万千百円、組合員に対する当座貸出しによる貸付債権額につき金五千四百二十九円六十五銭が不足し、これより被告等が別口として山梨県信用農業協同組合連合会に預金していた金十万円を控除すると、右不足金による原告組合の損害は、合計金十二万六千八百五十九円八十五銭であること、及び原告主張の(三)の(イ)記載の如く合計金六万六千六百八十円五十銭の不当支出、並に同(ロ)記載の如く組合の現金を以て、金三千七百七十円の源泉所得税の支払がなされて居り、右(イ)(ロ)の事実により原告組合は合計金十九万七千三百十円三十五銭の損害を蒙つていることが認められる。しかしながら右損害が被告嘉嗣の故意又は過失に基く損害であることを認むるに足る証拠は存しないから、同被告に対する右請求も亦理由がない。

次いで、同号事件に於ける被告信雄に対する請求につき判断するに、同被告は同号事件に対する口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面を提出せず、原告主張事実を明かに争わないから、原告主張事実は総てこれを自白したものと看做す。

しかして右事実によれば、同被告は原告に対し、不法行為による損害賠償として、合計金十九万七千三百十円三十五銭の支払義務があることが明かである。

よつて原告は、本件各号を通じ被告三井信雄に対し合計金三十六万六千六百三十一円九十三銭の損害賠償債権を有し、同被告はこれを支払うべき義務があるが、被告嘉嗣に対しては、何等の請求権も存しないことが明かであるから、本訴請求は被告信雄に対し金三十六万六千六百三十一円九十三銭及びこれに対する不法行為後である昭和二十五年十二月一日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める限度に於て理由があるから正当としてこれを認容し、その余の部分はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、尚仮執行の免脱の宣言を附すことは不相当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 野口仲治)

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